山本良介アトリエ+関谷虹

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嵯峨

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作品名 上甲東園壱番館
敷地 兵庫県西宮市
用途 集合住宅
規模 RC造+S造 地下2F 地上5階
面積 延床434.43㎡
掲載誌 建築文化386号1978.12
   
協力 企画:オペレーションズ・リサーチ壱番館 嶋本昭三  構造:アスコラル構造研究所 設備:近畿電気工事

 


具体美術協会の前衛芸術家 嶋本昭三と造った家

1962年、大阪中ノ島に具体美術協会が設立された。吉原製油の代表者であった吉原治良を中心に、若い前衛芸術家たちが集まっていた。

そのメンバーは大阪、神戸、京都の若き才能の持ち主たちで、嶋本昭三、山崎つる子、吉田稔郎、白髪一雄、村上三郎、元永定正氏などがいた。いつ行っても華々しく、所狭しと活動していた。

 

その中心的人物、嶋本昭三氏と巡り合う。

ガラス瓶の中をペンキで満たし、10mほど離れたところからキャンバスに向かって投げ付ける。ガラス瓶が割れて飛び散る。それを20回ほど繰り返す。作品の出来上がりである。

彼のアトリエは阪神間の武庫川にある。何をしに行くわけでもなく、よく訪ねていた。

 

「山本さん、僕のような前衛芸術家は金がかかって仕方がない。不動産業でもやって活動資金を捻出するか。」半分冗談、半分苦笑い、馬鹿話ばかりしていた。

その内、「これから住宅は不足するなぁ。おもろい家造って売ろか。」と言い出した。しかし手元の資金は少ない。それならどうにもならんような安い敷地を探そうということになった。具体美術の仲間、皆でよってたかって土地を探し、安くていい敷地を見つけた。

「失敗したらあかん。まだ世の中にはないテラスハウスを5件ほど造ってサッと売ろか。おもいきり前に向いていて、『あっ、これは新しい』って感じる家、設計してや。」

家はキャンバス。どこもかしこも真っ白で、入居者を芸術として使おう。生きてる芸術。

 

敷地勾配は35°、スキーのジャンプ台の最大傾斜度と同じくらいの急勾配。これはまさしく崖であった。傾斜に合わせて下から順番に積み上げる。おもしろそう。日本にはまだ一件もない。具体美術の嶋本さんらしくて…。そして僕は京都の人間。向こう3軒両隣(がお付き合いの基本)。この切り口で行こう。

しかも一件一件が二階建てのメゾネットの集合住宅を設計した。

 

ここに住みたい人寄って来い。素人の販売網でお客さんを呼び込む。来る人来る人、こんな家見たことないなぁと言って首を傾げる。「入ってみよか。」と言う人が現れ1軒売れた。「ちょっと安く売りすぎたかなぁ。」と嶋本さん。あっという間に白いキャンバスの家が売れてしまった。味をしめ、次は逆瀬川でやろうということになった。

逆瀬川壱番館はちょっと軒数が多かったのか、完売までに半年かかった。

これで芸術活動資金3年分ほどになった。

僕がこの辺でもうやめようと言うと、彼はその資金を腰に巻いて世界へ打って出た。大成功を収めた。

今は京都教育大学、宝塚造形芸術大学の教授。何を教えているのか、生徒もびっくりの授業であろう。

今から思えば前衛芸術家+若手建築家。無謀であった。僕の名前も少しは売れたが。

 

「山本さんの設計する建物は前衛や。具体美術に参加したらおもしろいと思うで。」

「僕は芸術家より建築家の方が向いている。建築家やりながら今まで通り時々具体を覗きます。」

 

今年初め、奇才、嶋本昭三は遠い処へ逝ってしまった。多くのお弟子さん達に見送られて。しかも全身フル活動の芸術を僕に投げかけたままに。

 

 
 

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