山本良介アトリエ+関谷虹

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桂坂の家

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作品名 桂坂の家
敷地 京都市西京区
用途 実験住宅
規模

RC造+木造 地下1階、地上2階

面積 延床272.127㎡
掲載誌 住宅建築 1991.07
   
協力 施工:あめりか屋

撮影:松村芳治


建築家人生の過渡期

建築家を目指す者にとって、人生が変わるほどインパクトのあることが起こった時、それをガッチリ受け止められるかどうかで建築家の運命が決定的になることが多い。人生の節目といったことであろう。僕は元来、どちらかといえば感性に訴えることを得意としていた。僕自身が、変わるかもと思ったのがこの建物である。

嵯峨大覚寺の家の工事が竣工に近づいた頃、元京都市技監の望月秀祐先生から電話が入った。「和の香りのする提案、日ごろ雑誌で見ているよ。その力、僕に貸してくれないか。洛西ニュータウン桂坂で、5棟のモデル住宅を5人の建築家でつくってみたい。やってみないか。」オーナーは西洋環境開発で、鳴り物入りでつくる桂坂の地とのこと。

イギリス、コッツウォルズの丘陵地帯にある、緑溢れるのどかな村のようなイメージでやってみたいのだと、静かな口調でお話された。20年後、森林住宅地になるのだろうと想像しながらお話をきいていた。少々乱暴な建物を計画しても、近い将来緑の中に踞まってしまうだろう。建物の廻りを中木で囲うことから考え始めた。この木は真正面から見たい、この木は下から仰ぎ見たい、この草木はそこに・・・。住む人が剪定し育ててくれるだろう。もし失敗したとしても木々で隠してくれるはず。思い切った僕の現代数寄屋の能力を試してみたいと強く思った。

20世紀から21世紀にかけて「健康」という言葉がもてはやされるであろう。大きなドライエリアを半地下に造る。ガラスを多用した多目的ジムとユーティリティー、そこに連続するテラスをつくった。疲れた身体と精神を癒し、明日への活力の源となるような住宅があっても良いのではないかと考え、この建築を設計した。 僕の得意とする「新和風建築」にこれから必要になるであろう要素を加え、次の時代の日本建築をイメージして造り得た。何より少々学研肌建築家の仲間入りできた様に思えた。以後の山本良介の建築の有り様に強い影響を与えてくれたことは間違いない。

僕は色々な建築家、評論家の言う「侘び」「寂び」という言葉は好まない。その中身は「わびしさ」であり、「さびしさ」であると思っている。そんなことから出来る限り変化しない素材を多様した。

住んでくださった先端産業のオーナー、「山本さん、この家、ひと目惚れで住むことにしたよ。この家は数寄屋建築とパンフレットには書いてあったが。僕は数寄屋というよりももっと現代的で、これからの京都の建築と受け止めたよ。そうでないと、地下サロンを含む半地下広場なんかありませんよね。たぶん死ぬまで山本さんの設計したこの家で生きるでしょうね。考え方もデザインもすごく気分が良い。近い将来、我が会社の設計も頼みます。」

それから数年後、研究棟を設計させていただいた。思い出深い建築である。

 
 

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